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いつかこんな作品が作れればと思うもの

僕がこの世でほんとうに素晴らしいと思える作品にあまり出会えたことはないのですが、メシアンの嬰児イエスに注ぐ20の眼差しというピアノ曲、モーツァルトのレクイエム、バッハのマタイ受難曲、あと音楽ではないですがクラウドアトラスという映画、手塚治虫の火の鳥は本当に素晴らしい作品です。
祖は全てを表すが、祖を求むものの探求は右舷に続く回廊の中とは言いますが、この作品は見事にその世界そのものを表現しているという点で鳥肌が。

ぼくもいつか、この世界を救済しなおかつ癒せる素晴らしい、論文でも音楽でもなんでもいいからそんな即席をこの世界に残したいです。
僕の場合は、政治的な活動がそうなるのでしょう。
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正義でも悪でもない皆救わなければ

正義も悪もない
人を傷つける人も傷つけられてる人も同じくらい、苦しんでいるのである。
両方をケアするだけではなく、両方に苦しみを与えた原因すら取り除かなければならないのである
悪は罰するのではない、救い出すべきなのである。

個人的な哲学

あらゆる執着がなくなると、同時に恐怖もなくなる。がんばれば成果が出ることもあるし出ないこともある。結果はどうなるかわからないならとりあえずやってみればいいと思う。公開するならやってみればいい、だめならそれであきらめればいい。やらずに後悔するよりは絶対にやったほうがいい。ただがんばったところで、結果が出ないこともある、どんなに努力しても結果が出ないこともある、実力がなくても成功することもたぶんにある、そんな中でやってみることの意味というのは、自分の運勢を、自分がどれくらい運命の神様に愛されているのかを試すようなことに近いと思う。いろいろやってみる中で、自分なりの運命の神様に愛される方法を見つけられるかもしれない。そういう意味でたくさん失敗したほうがいいはずだから。こういう、運命的な話は、論理的に説明ができないことで、自分で実際に体験して実感として理解するほかないけれど、それでも、こういうことを表現する意味はあると思う。失敗してもいいし、成功してもいい、成功したらラッキーうれしいな、程度の気持ちの持ち方なら、簡単にいろいろ挑戦できる。成功することにとらわれていると、失敗を恐れて、何も挑戦できない。何かに挑戦するなら、失敗を恐れないというより、自分を実験台として、成功してもいいや、失敗しても言いや、ただ、どうしてこういう結果になったのかだけしりたいというかなんというか、何かに対する執着をなくせば、簡単に挑戦できると思う。
プロフィール

フリードリヒ

Author:フリードリヒ
大学で政治学、社会学、心理学、文化について学んでいます!
最終目標は、世界連邦共同体の設立です。
一刻も早く、誰もが幸せになれる、戦争のない、あらゆる人達の生存権が保証される世界を目指して。

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