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グローバル化の何が問題か

グローバル化にも良きグローバル化と、悪しきグローバル化が有ります。
げんだいのぐろーばるかは、そのどちらの麺も有しています。
現代のグローバル化は、弱者への配慮が足りないこと。一方的に統一を図ろうとすることです。
多様なものが共存してこそ初めて、良き世界があるのに、そのことをまるで認めようとしていない、エリートのためだけのグローバル化であることが問題です。
多様な価値観を認めよ運動を起こしてもいいのではないかと思います。
経済成長をしたところで格差は解決されません。
格差を解決する方法は、富の再配分です。
グローバル化の良い点の2つ目として、地球規模での富の再配分ができることです。
ですが、エリートたちはまるでそんなことしようとしていません。ここが問題です。
地球規模で富の再配分をするどころか、ますます、富を独占しています。地球上の資源は、地球に住む一人ひとりに査定でも、生存と文化的な生活が許されるくらいの配分はされるべきです。
弱肉強食はしかたないですが、香車が生存できるのは弱者が存在するおかげだということを彼らは分かったいません。
彼らの独占している富を、再配分させる、エリートのためではなく、まさしく地球市民のための、地球規模の富の再配分と統治のシステムが、そろそろ必要なのではないでしょうか。
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見えてきた世界の構図

いま、世界は、国家の枠組みを守ろうとする、愛国者(日本人だけじゃなくて世界中の人達)「僕はコレを、健全なコスモポリタンと呼ぶことにする」、と国家の枠組みを取り払って弱いものから搾取出来るだけ搾取しようとする、グローバリストの2つの陣営が存在している。
ここで大事なポイントは、コスモポリタンは何も、日本だけに存在するわけじゃないわけである。ウクライナにも、アイスランドにもどこにも存在しているのである。
そしてもう一つ、すべての人が働くことの出来る社会なんてそもそも不可能で、そんな社会が成立したら、日本だけじゃやんくて世界が、地球の資源が食いつくされまさに、この世界がまるごと、自分たちの生きていけない世界になるのである。
 ではどうすればいいのだろうか。僕は、ます、コスモポリタン同士の地球規模での協力が必要であると考える。そして、グローバリストではなく、コスモポリタンによる、秩序の構築が必要である。それも、地球連邦のようなシステムが必要であろう。
 コレが成立すれば、国家がなくても、人々の生活が保証されるはずである。
 すべての人が働ける社会ではなく、すべての人が、生きていける社会にするべきである。そのために、経済成長よりも何よりも、富の再配分についてまじめに考えるべきなのである。
 こうした、本質的な問題を見抜くのは相当な技術がいる。僕はこれからそういうインテリジェンスな情報を提供していこうと思う。

地政学とか自己責任論とか 韓国とか日本とか

 文明化とは、環境への適応の過程である。それぞれの国は、それぞれの環境に適した形を取る。とらなければいきのこれないのである。ヨーロッパがなぜあんなに強くなったのか。先ず第一に、肥沃な土地があったこと、地中海があったことがあげられる。そのようなところに人は集まる。人が集まれば集まるほど、アイデアも集まるし、そういったアイデアが、試行錯誤を重ねてよりよいものになり、結果的に、人類の反映にとって適した、文化が生まれる。
 次に、たくさんの文化が、遠すぎず、近すぎず、適度な距離に存在し、さらに、適度なレベルの、文明と文明の間の地政学的な障壁(砂漠、河、海、山)などが存在したことがあげられる。コレにより、ある程度文明として発達するまで、お互いは、それぞれ、独立して、文化を発展させることができ、なおかつ、お互いにちょうどよく文明が成熟したところで、戦争や、交流が始まることにより、競争により、それぞれの文化は競って、強くなろうとしたことがあげられる。
 このような好条件が揃っていたため、アラブやヨーロッパは、あれほどまでに、協力になることができたのである。
 
 さて、本題に移ろう。人はそもそも、楽をしようとか、快くなりたいとか、そういう欲望が強く、必要に迫られない限り、努力しようとしないものである。はじめから恵まれた地域の人達は、そもそも、努力するわけがないのである。強い国は「、強くなることを目的に強くなったのではなく、ただただ、地政学的に恵まれていたおかげで、強くなれ他にすぎないのである。このような状況で、果たして、財政難を抱えている国が、そうなったのは、全部、財政難の国の自己責任といえるだろうか。

言えるわけがない。韓国なんか哀れすぎるくらい、周りの海洋資源は豊富だが、中国という広大な領土を持つ国と、そもそも、人口が違い、はじめから戦争に勝てるわけがない。今は、戦争において、兵士の質も大事だが、昔は、ほとんど兵士の質などいらなかっただろう。韓国が、中国に従わざるをえないのは仕方ないことだし、彼らが劣等感に蝕まれていて、彼らの独特の文化が生まれるのは致し方ないことなのかもしれない。

 歴史によって、国家は決められるのではない、全ては、条約によって決められる。江戸時代の文献など、参照するに値しない。戦争に負けた国が、戦争に勝った国によって、歴史が変えられるのも仕方ないことなのかもしれない。
 韓国人に対して正義を訴える必要はあるだろう。しかし全ての人には生きる権利がある。人には、多くの場合において、実際に存在する選択肢の内、いくつかの選択肢しか見えていないことが多いものである。正義も、戦争も、この世界に存在するすべてのもの、すべての人々の行動は、生き残るために行われているのである。
 もし、日本に在住の韓国の人達が、日本にケチをつける道以外に、生き残る道が見えていて、ソッチのほうがメリッタが多いなら、そっちを選んでいるはずである。もしかしたらそうやって、日本人の議論を煽ることで、設けている、別の誰かがいるのかもしれない。
 コレだから韓国人はというけれど、実際の韓国人は、昼は半日、夜は親日である。韓の国人の不正義に対して意義を申し立てることはいいことだと思う。でも、韓国人は糞だとか、韓国人は劣等人種だとか言うのは間違っている。韓国の人たちに、自らの罪を認めさせつつ、日本の人たちも、日本の人たちが犯した罪を認め、お互いに許しあうことができればいいなと、僕は心の底から願わずにはいられない。
プロフィール

フリードリヒ

Author:フリードリヒ
大学で政治学、社会学、心理学、文化について学んでいます!
最終目標は、世界連邦共同体の設立です。
一刻も早く、誰もが幸せになれる、戦争のない、あらゆる人達の生存権が保証される世界を目指して。

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